このブログを検索

火曜日, 7月 03, 2007

夏休み

あ”〜辛かったこのひと月。
今日は命からがらファイナルテスト受けてきました。

アメリカなんだから、歴史あってもたった数百年の歴史でしょ〜って思ってたけど、
一週間で100年ずつ駆けめぐるスケジュールはハードだった。

課題のエッセーは読み物が結構たくさんあって。
テストのエッセーもドキドキしたけど、終わってみると成果はありました。
成果って言うほどのことじゃないけど・笑、例えばお札や地図を見るのが楽しくなったり↓

<お札編>
10ドル札のAlexthander Hamiltonは、初代ワシントン大統領の時の財務長官を務め、合衆国憲法の草稿にもフィラデルフィアコンベンションをもって深く携わりました。生まれは西インド諸島で、優秀だったためNYへ渡り大学へ。その後お金持ちのお嬢さんと知り合って結婚。政界に入っていったようです。才能はありながらも、アメリカ生まれでないため大統領選には出られませんでした。

<道路編>
テキサスは、その昔1821にスペインから独立したメキシコのテキサス州だった。そこへ入植してきたアメリカ人は時のメキシコ独裁者サンタ・アナの圧政に苦しみ、独立を宣言。激戦の末、共和国となる。州旗が「一つ星」なる由縁。1845にアメリカに併合されるまでの10年間「テキサス共和国」として存続したわけだが、元々がメキシコ領だったため、今現在も主な道がメキシコ市に向かって放射線のように繋がっている。

アメリカは1700年代半ばからNorthwest Ordinanceとかいう新たな領土統治のための条例を出して、道を東西南北と美しく企画することに決めた。今のニューイングランド地域から、五大湖周辺の州が含まれる。テキサスは当時まだスペイン領だったから、こういう道路になったと納得できる。

思えば、シカゴに居たときは地図通りに行けば道に迷わなかった気がするが、ダラスでは新しいところへ行く場合は必ずグーグルマップで目的にまでの地図をプリントしてから出るようにしている。迷ったらちょっとややこしいという気がしていたからだ。まあ〜それが気のせいではなかったことが判明した。

<余談編>
メキシコ戦争前後からのアメリカによる横暴な侵略は [Manifest Destiny] John L. O'Sullivan の主義の名の下に時の大統領ポークによって推し進められた。その間、アメリカは今の大陸の20%をもメキシコから獲得した・・・なんて事実が分かってくると、何故彼らがアメリカに対する敵意むき出しなのかが以前よりよく分かってきた。サッカーの親善試合対メキシコ戦は少し怖かったからねえ。


そういえば、課題のエッセーって大変だったけれど採点する方がもっと大変だなって知りました。
ウェンディ先生がハードワーカーだからか、素晴らしいストーリーテラーでクラスも今振り返ってみれば結構楽しかった。
来学期は授業取らないけど、先生のオフィスに遊びに行く予定〜。


おやおや、蝉の声・・・。
明日は7月4日のアメリカ独立記念日です。花火チラッとでもいいから見に行きたいなあ。
去年は、たっくさんの花火を飛行機で上空からみました。小指の先ほどの小さな花火があちこちであがるんです。小さなつぼみがどんどん彼方此方で開いてくみたいで可愛い風景でした。

では。

0 件のコメント: